「私の最初のフライロッドはティムコだったんですよ」そう語りながら自慢の釣具を見せてくれたのは、エンドレスライズシリーズのグラフィックを手掛けたHi! Design所属のプロデューサー/イラストレーター、森田仁美さん。”エンドレスライズ”は山や動物、魚などを一筆書きで描き自然とのつながりや持続可能な環境が循環する未来を表現したグラフィックなのだが、話を聞いてみると今回の取り組みに至る過程も、まるで人との縁を一筆書き、いや一本のラインのように紡いできたと言うのだから実に面白い。

時はコロナの真っ只中、3密を回避できるアウトドアレジャーとして一躍脚光を浴びたフィッシングシーン。当時の仁美さんも例に漏れず、釣りに興味を覚えて始めたのがテンカラ。ジャパニーズスタイルのフライフィッシングとも呼べるテンカラは、リールレスによるアプローチ範囲の狭さが楽しさであり弱点でもあるのだが、釣果に逸る当時の仁美さんは遠くで起きるライズを攻めたいと言う悩みを抱えていた。そんな時に中津川で偶然あるフライマンに出会い「絶対楽しいからやったほうが良いよ！　アソコのやつとか取れるよ！って綺麗なお手製のフライをたんまり託され、そんなに楽しいなら…」とフライウーマンになることを決意する。

その時、門を叩いたのがフライフィッシングの老舗、つるや釣具店※1だった。「初めてやるんですけどどれが良いですか？って思い切って山城さんに相談したんです」。そうして店主が出してくれたのが先に触れたティムコ（フォックスファイヤー）の入門モデルに最適なロッド“インファンテ”。ただし、クリエイターだけあり独自の美学は抑えきれず、「合わせるリールも一緒に買ったんですけど、一番かっこいいなって思うのを選んだら「いい値段するけど大丈夫？」って」と店主に心配されつつも同店が主催するイベントのビジュアルデザインを手掛けるなどして関係は続いていくのだがそれはまた別の話。

そんなこんなでフライフィッシングの世界に足を踏み入れた仁美さんは、パートナーの賢吾さんと共にその沼にどっぷりと浸かり、賢吾さんが私的にヤマメとイワナを落とし込んだ手拭いを作ったことから話はさらに発展。私的なグッズとは言えプロが作った魅力的なプロダクトを同好の士が見逃さない訳がなく、知人のカメラマンを経由して、フォックスファイヤースタッフの目にも止まり、小規模なプロジェクトを通し今回の取り組みに繋がっていく。
※1 山城良介氏が店主を務める浅草のフライフィッシング専門店。ハンドクラフト展を主催するなどフライフィッシングカルチャーの発展に尽力している。

さて、そんな好きなカルチャーを通して繋がった両者だからこそ、仁美さんを信頼してか今回の依頼ではフォックスファイヤーからの注文はシンプルだった。「お題としてはカモフラージュ柄っぽいものが良いと言うのだけで…だから、自分の中でテーマを設けて2つの案を出させてもらいました」そう言ってPCの画面に映してくれたのは没案。ちぎり絵で表現した独特なデザインは和の雰囲気から親しみやすさを感じさせ甲乙つけ難い仕上がりだが、採用案はさらに一歩踏み込んだメッセージが込められているのだと言う。

「当時『A TROUT IN THE MILK / ミルクの中のイワナ』※2と言う作品を観て感銘を受け、持続可能なイワナが自生していられるような環境、あと釣り人との関係性なんかも上手く表現できないかなって思い、森や川の様子、そこで暮らす動植物などを1本のラインで表現しました」。そんな説明を受けスッと腑に落ちるのはこの作品の素晴らしさ故だが、ポイントはそれだけではない。
※2謎の多いイワナの生態に迫った2024公開のサイエンスドキュメンタリー。監督は映像作家の坂本麻人氏。

「身近なイワナの釣り場が山梨の日川と言う場所なので、そこをイメージしながら線を引きました」との言葉通り抽象化されながらも動植物には独特のリアルさが宿り、さらに一筆書きは繋げることで洋服のパターンになるよう工夫が施され、それこそがエンドレスライズ（ホライズン）たる所以なんだとか。「渓流魚が虫を求めてライズするのは自然が豊かであるってことで、魚が安心してライズし続けるような環境が続いて欲しいという私の願いが込められているんです」

釣りとの出会いや作品への想いを存分に語ってもらい、取材の最後にご自宅に設けられた自慢のタイイングスペースを見せてもらった。夫婦が並んで作業できるようマテリアルケースで左右が仕切られたテーブルには、それぞれ椅子とバイス、ライトスタンドが設置されており書斎とも違った職人の仕事場のような空間。本や動画サイトなどを見て独学で覚えたと言う2人のタイイングは堂に入っており、澱みない動作でスレッドを巻き上げていく。「このボックスは全部参考作品なんです。これがさっき話した中津川で出会ったフライフィッシャーの方ので、真似たのをアレンジして釣果をあげてます。あと、こっちはつるや釣具店で出会ったひわたりさん※3、こっちはバンブーロッドを注文している望月さん※4、C&Fデザインの佐々木さん※5のも」と現在は諸先輩方の作品を大事に保管してその技を盗んでいると言うのだから分野は違えどモノづくりと言う点では繋がっているのかもしれない。
※3ハンドメイドのランディングネットを販売する工房ひわたりを運営している。
※4自身の名を冠したブランド・Yudai Makerを運営するロッドビルダー。元ジュエリーデザイナーと言う経歴を持ちモダンクラシックなデザインに定評がある。
※5 フライ用品などを製造・販売するC&Fデザインの名物スタッフ。店舗でのデモや釣り媒体への寄稿などで、自身のタイイング技術を惜しみなく発信している。

実際、仕事にも通じるものがあるようで「ブランディングってロゴなどのデザインが起点になるんですけど、それがフライ作りに似ている気がしていて。たとえばロゴを動物にするってなってもリアルにすれば良いわけじゃなくて、誰もが知る形に簡略・象徴化していくみたいな」。そんな風にデザインの仕事にも釣りの考えがリンクしているのかと驚いていると「実は今の社名を決めるときに別案で”マッチ ザ ハッチ”※5と迷って、もちろん状況に合ったデザインをプレゼンテーションするみたいな意味合いなんですが、クライアントを釣り上げるみたいに誤解されたら嫌で（笑）」と釣り好きらしい会社設立の裏話を披露してくれた。
※6フライフィッシングで、魚が捕食している水生昆虫などを観察し、それを模したフライを使って釣りをすること。