自然の循環を伝える人 仁科斎

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北海道の中でも生き物たちのダイナミックな生態を見ることができる道東。ここでは人の生活の中心に自然があり、巡る自然のリズムに寄り添って、循環の中で人々は暮らしている。北の自然と生きる「True to nature」な人たちをフィーチャーする本企画、4人目は標津サーモン科学館の学芸員として日夜サケ科魚類の飼育観察と生態調査に励む仁科斎さん。日々フィールドに通い詰め、潜って観察し、釣りをすることで見えてきた自然との向き合い方とは。

仁科斎

学芸員

仁科 斎NISHINA ITUKI

1992年広島県生まれ。子供の頃からサケ科魚類に興味を持ち続ける。一度地元で大手企業に勤めたがサケ科魚類への憧れが捨てきれなかった。サケの町標津町にサケの水族館の仕事があることを知り2019年から標津サーモン科学館で働き始める。

サケ科魚類に魅せられた若き学芸員

仁科斎

知床の玄関口にある標津町は、アイヌ語の「サケのいるところ(シベ・オッ)」に由来し、1万年以上前からサケとともに暮らしてきた歴史を持つことから「サケの聖地」とも呼ばれている。この町に無類のサケ好きがいると聞いて向かった先は、標津サーモン科学館。ここは全国でも珍しいサケ専門の水族館で、展示されているサケ科魚類は18種30種類以上にのぼる。
 
今回取材に応じてくれたのは、標津サーモン科学館の学芸員として働く仁科斎さん。ここで働くために本州から移住し、毎日魚たちの飼育管理をしているにもかかわらず、休日や仕事の前には道東の湿原河川から知床方面の山岳渓流まで足を伸ばして釣りと水中観察に勤しむ仁科さんは、「魚のスケジュールに合わせて1年間の動きがだいたい決まってくるんです」と屈託のない笑顔を見せる。

「例えば道東では5月1日から6月30日までヤマメが禁漁になるので、その時期は潜って水中観察に専念するか、もしくはその時期にちょうどアメマスが海に降りてくるので、サーフからアメマス釣りを楽しんで、7月になればまた河川での釣りを再開します。冬は氷上釣りをしたり、氷がつかない湧水河川でサケの稚魚を観察しています。今日行く予定の川も湧水が豊富なので、今の時期でも観察を楽しめる川ですね。もしかしたら目の前のサケの稚魚たちは、去年僕が観察していたサケの子どもたちかもしれないわけです。そう考えると、なんだか親のような気持ちになるんですよね(笑)」

仁科斎

仁科さんがよく通っているという道東の湧水河川は標津サーモン科学館から車で1時間ほどの距離にあり、氷点下の寒さの日でもドライスーツに身を包み、カメラを携えて魚たちの生態を定点観測しているのだという。普段の業務についても伺ってみると、メインとなるのは給餌や水槽清掃といった魚の飼育管理。他にも、来場者の案内や館内展示の企画と制作、実習生の指導、河川調査や採集などのフィールドワーク、人工授精、絵本やイラストの監修、情報発信、設備管理など多岐にわたる。仕事でこれだけ魚に触れながらも、プライベートでも魚を追い求めて遠出を繰り返すそのバイタリティに思わず圧倒されてしまったが、本人はどこ吹く風。「ただ好きなことをやっているだけですから」とサラッと言ってのける。

「過去に観た映画の中にあった『好奇心は人を成長させる最大のエネルギーだ』という台詞が気に入っているのですが、本当にその通りだと思うんです。無理をしている感じはいっさいありませんし、むしろ時間が足りなくて困っているくらい。自分でも信じられないのですが、7年前まで広島で魚とは無縁の生活を送っていたんですよ」

広島の普通科の高校を卒業してから地元で就職した仁科さんだったが、やはり昔から好きだった生物に関わる仕事に就きたいという思いから、貯めたお金で東京の専門学校に入学する。その当時から標津サーモン科学館に興味を持っていたという仁科さんは、同年秋に3週間ほど休学して実習に訪れた。程なくしてサーモン科学館が、地域おこし協力隊として嘱託社員の募集をかけていることを知ると、仁科さんはそのチャンスに飛びついた。中退覚悟で採用試験に臨み、見事合格を果たすと、2019年26歳のときに晴れて標津町に移住したのだった。

仁科斎

「そして3年の任期を経て正社員になり、今に至るという感じですね」とここに来るまでの経緯を説明すると、そんなことはどうでもいいんですと言わんばかりに、なぜ自分がフィールドに通い続けるのか、その理由を聞かせてくれた。

「サケ科魚類においては飼育者も研究者も割といますが、フィールドにも精通した飼育者・研究者は少なかったので、自分がそこに特化できればこの世界で生き残っていけるだろうと、最初のうちは少なからず打算的に考えていた部分もあったのですが、そんなことを抜きにしてのめり込んじゃいました。飼育環境下では魚はこのような行動をとるけれど、自然界では必ずしもそうじゃなかったりする。だから餌のあげ方一つとっても仮説を立てて日々検証し、今度はフィールドに出て答え合わせをする。たいてい答えはフィールドにあるものです。それを自分の目で確かめることに、僕は人一倍こだわっています」

 

釣りが教えてくれる魚の生態

仁科斎

キャッチアンドリリースもキャッチアンドイートも好きだという仁科さんは、魚のことを深く知るためにも釣りは欠かせないと仁科さんは言う。飼育し、潜って観察し、釣りをすることで初めて見えてくる魚の姿があるのだと。その一例としてこんな話を聞かせてくれた。
 
「魚肉をあげて育てた魚を管理された池へ試験的に放流して釣ってみると、最初のうちはやはり餌がよく釣れるのですが、次第に餌には鉤が付いていると認識するのか釣れなくなってくるんです。そこで今度はスプーンに替えてみると、スレて生餌にも反応しなかった魚が釣れたりする。このことから、食い気が失せていたのではなく特定のものを認識して警戒していることが読み取れます。観察や撮影は魚の行動を見る行為と言えますが、釣りは魚の行動を引き出す行為と言えます。どうしてこんな金属に反応するんだろうと、釣りから新たな疑問が湧いてくるんです」

仁科さんの根底に常にあるのは、魚のことをもっと知りたいという好奇心。そしてこのニッチとも言える好奇心がただの自己満足で終わらないという点でも、自分の興味関心を来館者や地元の学生たちの前で遺憾なく発揮できる今の仕事は、まさに天職と言えるものだった。

仁科斎
Photograph by Itsuki Nishina

「最近では地元高校の自然科学部の生徒たちと一緒に、オショロコマの生態を学ぶフィールドワークをしています。オショロコマって、釣り人の間では北海道だけに生息する憧れのイワナというイメージを持たれていたりしますが、山岳渓流に行かないと会えないので身近な魚ではありませんし、なんならサケの卵や稚魚を食べてしまうこともあるので地元ではあまりいい印象を持たれていなかったりします。だからこそ、その生態について知ってもらうことは大切。オオワシやオジロワシにしてもそうです。当たり前のように身近にいると、それが実はすごいことだということに子どもたちは気づけなかったりするので、そういうことも教えています」

その生き物がいること自体が価値であり、生態系の循環においてはどれも欠かすことのできない存在なのだが、必ずしも人間の生活や経済活動と噛み合わないことだってある。しかし、人間中心の利害という考え方だけで生き物の価値を決めつけてしまうのは早計だと仁科さんは説く。

「例えばイトウのような魚だけが重要視されて、その一種さえ守られていればいいと思われるのは非常に心苦しいし、僕としては不本意なところ。だから館内でお客様を案内するときは、普段あまり見向きもされてないような魚にも興味を持ってもらえるよう意識しながら解説しています。絶妙なバランスで成り立っているはずの生態系から、有害というレッテルを貼られた生き物が消えてしまったらどうなるでしょう。僕自身もっと学んでいく必要があるし、もっと魚以外にも目を向けないといけないんですけどね(笑)」

 

ただ自然を慈しめばいい

仁科斎

「以前この川に来たとき、浅瀬に一頭の鹿の亡骸があったんですよね。以来その亡骸のことが気になって来る度に様子を見ていたのですが、ちょっとずつ他の生き物たちに食べられて、最終的には骨だけになっていました。ちょうど今くらいの時期だったと思います。川はサケの稚魚たちで賑わい出していて、潜ってみると、その骨は稚魚たちが外敵から身を守るための隠れ家になっていたんです。一つの命が巡り巡って多くの命を繋いでいることを教えてくれているかのような光景でした」
 
それはまるで道東の自然の循環を象徴するような光景だったと仁科さんは振り返る。そして自然の循環について思いを巡らすとき、いつも頭に浮かんでくるお気に入りの詩があるのだという。それは長田弘さんの「奇跡−ミラクル−」という詩。その一節を暗誦してくれた。

ただここに在(あ)るだけで、
じぶんのすべてを、損なうことなく、
誇ることなく、みずから
みごとに生きられるということの、
なんという、花の木たちの奇跡。
きみはまず風景を慈しめよ。
すべては、それからだ。

「大きな自然を前にして、私たち人間は雄大で神秘的な何かを感じとったり意味を見出そうとしたりしますが、自然はただそこに在るだけなんだということをこの詩は教えてくれます。それと同時に思うのは、私たち人間が自然の中に足を踏み入れることは自然を侵すことでもあるということです。そのことを肝に銘じて、侵害することなく自然の中に溶け込んでいけたらと常々思っています」

仁科斎

「こうした自然に対する姿勢というのは、日々の生活にも当てはまると思うんです。必要以上に自分を大きく見せたり驕ってしまうことってありますよね。釣りにしても、ついつい成果を見せびらかしたくなったり。たとえ釣れなくても、フィールドにいるだけで清々しい気持ちになれるものですし、自然に浸る喜びを一人ひとりがもっと大事にするようになれば、大物を釣った人やたくさん釣った人が偉いんだというような釣り人の価値観も少しは変わってくるのかなって。自分なりの釣りの楽しみを見出すことは、ひいては自然とどう向き合うかを考えることだと思うんです」

その第一歩として、釣り人たちにどう働きかけていくのが効果的なのだろうか。それに対して仁科さんは、「まわりからせっかくその環境にいるのにやらないなんて“もったいない”と思われることをついやりたくなるのが人の性だから、『“それ”に気づかずに釣りをしているなんてもったいないね』って、そういう考えを広めていけば変わるんじゃないですかね?」と、いたずらっぽく笑ってみせた。

仁科斎
 

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